偽善に異を唱えることを許さない不自由

このカテゴリーの記事は、
上島嘉郎先生の
ライズ・アップ・ジャパンを
聞いてのボクの感想です。
必ずボクの愚意が加味されてしっていますので
この記事の内容については
上島先生に責任のないことをご理解ください。

ニッポン偽善者列伝

~~真実を避ける政治家・マスコミ・言論人たち

 

小泉進次郎氏の入閣と週刊ポスト

特に列伝って感じじゃないんだけど、

トップバッターに小泉進次郎が来てるのがいいね。

 

ここ、少し触れますと

育休ですわ。

 

進次郎君自身は、

偽善のつもりはないでしようね。

「日本って堅いね、古いね」

これだもの。

 

言ってみりゃデュープスでしょ。

信じてるんだもの。

信じてもいないのかな、彼は。

武器として言葉を操ってるだけだものね。

父親と同じで。

 

ここで上島先生が言われてたのは

この小泉議員の発言に対して

「その立場で育休とるとはいかがなものか」

という言葉を発する自由があるか?という点。

これが人間の進歩だ。と言われたとき、

立ち止まることが許されないような風潮。

これは、自由ではない。

 

週刊ポストはあれです。

「嫌韓」

タイトルが「韓国なんて要らない」だそうで、

これは煽り過ぎじゃないか、という感

これはあるけど、商業出版としては妥当でしょ。と、

さらに、本文を読んでみると

まったく問題なし、過激なところはない。

 

これに作家が、ちょっと脅しただけで謝罪するって

これこそ表現の不自由だね、と。

 

ダミアン神父・巨人の星・あしたのジョー

ダミアン神父ってのはハンセン氏病に殉じた神父さんで、

その銅像だか胸像はね、皮膚がただれてるわけ。

それを良くない。として、展示を止めたところと

続けたところがあったらしい。

殉じたというのは

自身もライ病にかかったということで

それを表現することは大切でね。

こういうのが芸術としての表現だよね。

なによ、あれ、あいちトリエンナーレ。

 

巨人の星は

飛雄馬が高校の入試のときに

面接時に父親の職業を聞かれます。

飛雄馬の家庭は貧乏で

その高校はずいぶんな有名校

不釣り合いであるわけですが

さらに、この面接官の質問には悪意があるんです。

それに対して飛雄馬は

「日本一の日雇い人夫です」と答えます。

これ、今出版されてる本は

「日本一の日雇い労働者です」になってるらしい。

ビックリだね。

ボクのパソコン

「にんぷ」と入力しても変換で出てこないわ。

 

これ、人夫じゃなきゃ

飛雄馬の心情がぼやけるだろ。と、

こういう表現が多いよねぇ、というお話。

 

英国民の犠牲を望んだチャーチルの演説

チャーチルの話の前に

広島の碑文の話が出てきます。

平和公園ね。

「安らかに眠ってください
過ちは繰り返しませぬから」

これ、ずいぶん問題にしてる方々いますけど、

ボクは、説明文も読んできましたが、

まぁ、それを後から継ぎ足した言い訳だ。

なんて言われるのかもしれないけど、

日本人的な解釈として

書き直せって言うものではないように思います。

 

ただ、上島先生は、

こんなエピソードを添えています。

小野田さん、フィリピン、ルパング島の

若い方は知らないのかな。

陸軍少尉です。

30年ほど、任務を遂行していた方です。

小野田寛郎で検索してください。

この方が帰ってきて、

同級生とこの平和公園に行った時

この碑文を見てこう言ったそうです。

「これは、アメリカが建てたのか?」

W.G.I.P.を全く受けていない小野田さんからしたら

反省する立場にあるのはアメリカなんですね。

 

もうひとつ、こんなお話も

被爆された方々が、そのとき

助けに来た軍人さんに何と言ったか

「きっと、仇は討ってください」

 

 

チャーチルのこんなお話を述べておられました。

王様に「我々は孤立したのか」と問われ

「ハイ」そして、こう続けたというんですよ。

「化学兵器には報復します。強力な毒ガスは試験済みです」

これは覚悟を表わしたわけですが、

使わざるを得ない状況に置かれれば

化学兵器も毒ガスも使ったということです。

 

アメリカは原爆を使いました。

必要ではないのに、人体実験をしたかったのです。

ソ連に見せつけたかったのです。

 

ついでに言っておきますと

日本でも細菌兵器を使うつもりで決裁を仰ぎましたが、

東條さんは

「天皇陛下の御陵威を汚す」と言って

許可しませんでした。

 

汚い手は使わない。と言って

戦争に負けて国を滅ぼしてしまったら

それはリーダーとしては落第でしょう。

どんな手を使っても

国を守るために手を尽くす。

こちらの方が大事なようにも思いますが、

今回のテーマは偽善ですからね。

 

言ってみれば

偽善のまかり通る世の中でいいのか。

否。と、起ち上がった戦争なんですよね。

 

そのために大変な犠牲を強いたわけですが、

その子孫である私たちが

「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼し」

なんて偽善に従って

現実から目をそらして生きてていいんでしょうかね。