Lección 26

合宿スペイン語講習を受け始めたころ

フランス人、イギリス人とボクの三人であった。

そんなところはお話したと思います。

その後アメリカ人が来た。

そして、しばらくすると日本人学生が

一人、二人、また一人、みたいな感じで

増えてきまして、

食事中とかに、日本語が飛び交うようになったんですね。

 

だいたい、日本人でスペイン語を習おうって人は

おおよそ英語ができます。

最初に来た学生は好青年で

彼だけの頃はそんなことはなかった。

たとえば、ボクがスペイン語でイギリス人と話をしてても

(話なんて進まないんですよ。

英単語が混ざったりもしますけど、

このイギリス人のスペイン語もかなりおそまつですから)

この日本人学生は聞いていても口は出しませんでした。

ボクが、スペイン語の練習をしていると理解していますから、

ボクが求めない限り通訳を買って出ることはしないんです。

 

ところが、ボクと同じくらい

英語もスペイン語もできないカップルが来ましてね。

他に英語ができて、スペイン語もまあまあできる女の子が二人。

こういう構成になってくると、

日本語が飛び交うんです。

自分たちの部屋で、

日本語でしゃべくることは何の問題もない。

でも、食事とかは、半分はレッスンですから、

スペイン語を使う努力をしないとね。

で、サルバ先生が退院するまで

食事の世話をする担当だった先生の母親が

¡ Español ! (スペイン語!)って言ったんです。

この母親は英単語すら知らない。

ボクとはじめに来た学生は、「ですよね」って顔。

他の子たちは、母親に叱られた子供のように鎮まってた。

 

彼らがくる前のボクはどうだったかというと、

旅のときと同じですべて日本語です。

イギリス人なんかは、

ボクの使う「なんだっけ?」を理解し、

活用してたくらいですから。

この母親。

ボクのその日本語を注意したことはないです。

 

この母親が、ボクに注意したのは

ボクは「マドレ(母)」と呼んだんですが、

「ママ」と言え!と、

このくらいです。

ボクは、「ママ」は言えなくて、

ずうっと「マドレ」と呼んでました。

何回か「ママ」と、主張してきましたが、

途中であきらめたのかな。

 

学生たちは、速攻でなついてましたよ。

「ママーァ」

学生たちがいなくなり、

サルバ先生が退院してきました。

女の子が一人、少しの間残ってたかな。

 

彼がボクに言った言葉がおもしろい。

「私はあなたと話がしたかった」

¿ Por qué ? (なぜ?)

このくらいは言えますから。

「母親が、shinji と話せと言った」

¿ Por qué ?

「 shinji は、ママと呼ばないから」

 

どうも、これは問題児としてでなく

単純に興味を持ったようですね。

彼(サルバ先生)には、よく言われましたよ。

「shinji は、どうも、日本人とは違う」

毎年のように10人内外の日本人学生を見てきてたはずです。

それらと比べると異質なんでしょうね。

 

彼とは妙なハポニョール

(日本語とスペイン語のチャンポン語)で、

話が通じましてね。

「いや、オレが日本人の基準で、

ここに来る学生の方がズレてるんだ」

という、ボクの主張を

正しく理解したものと思っています。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です