大正で酔ったつけじゃないか?

このカテゴリーの記事は、
上島嘉郎先生の
ライズ・アップ・ジャパンを
聞いてのボクの感想です。
必ずボクの愚意が加味されてしっていますので
この記事の内容については
上島先生に責任のないことをご理解ください。

 

米中戦争と明治日本

~世界中で勃発する「通信網の争奪戦」とは?

 

米中戦争からなんで明治日本になるのか。

話の流れはこうです。

 

米中戦争、これは経済戦争ではなく

砲弾が飛び交ってないだけで戦争なんですね。

ファーウェイが問題になってます。

通信網の争奪、この戦争なんですね。

そんなわけで、冷戦と言えないでもないが、

米ソ冷戦の形とは明らかに違う。

本当の争奪戦をしてるわけです。

 

そんな話から、

日本の自衛隊の使ってるGPSは、

アメリカが握ってるから

使えなくされたら、

日本が装備を誇ったところでなんの役にも立たない。

sayaさんが

「この点、日本人は不安に思っていると思うんですが」

というと、上島先生は

「思ってるのかなぁ」

要するに、その情報すら知らされてなくて

不安に思うための材料がない。

なんて話をはさみながら

sayaさんがこういうんです。

「結局日本って、独自に自分を守るような
考え方は昔からなかったんでしょうか」

「いや、明治政府は」

こうなるわけです。

 

日本人は、

黒船を見て、自分で造っちゃうんですよね。

薩摩、佐賀、宇和島。

薩摩や佐賀は設計図みたいなものを

とったかもしれないけど、

宇和島は町のおっちゃんが

作っちゃったんじゃなかったかな。

 

そういうすごい国民なんで、

和魂洋才で、

洋の技術を学んで自前でやろうとしたんですよね。

こういう話の流れです。

 

大連万達グループ

ファーウェイと同じ時期に延び始めた企業だそうです。

ずいぶん幅広くやってたみたいですけど、

ハリウッドとの提携。これでしょうな。

ハリウッドは中国市場。

チャイナは映画をプロバガンダに。

利害が一致したわけで、

ずいぶん、いい人的チャイナ人が

出てくるようになったらしいですね。

 

ところがチャイナ、外貨が外へ流れるのが怖くなったから

いろいろと資金の流れに制限を加えたそうで、

海外企業のM&Aにはストップがかかっちゃったらしい。

 

やっぱり、今チャイナは崖が見えてきちゃっててね、

もう、ほかっといても

落ちるしかないようなところに来てるんだな。

一番気を付けたいのは、

こういうときに日本が助けないことだよね。

 

経済界の馬鹿どもも困ったものだけど、

一番の心配のもとは皇室。

また、利用されちゃうんじゃないかなぁ。

 

明治日本

後半は、明治日本と昭和・または今、

令和の日本人の違い・変化について

上島先生は

愛国心という言葉を使いたくないようで、

ボクも激しく同意。

 

どういうことかって言うと、

日本人(明治)の持つ国家感は、

愛国などというような取ってつけたような

教育されてできたようなものじゃなくて

あたりまえ、

今の日本人が愛国的ととらえる概念は

明治の日本人にとってはあたりまえで、

個人と国家が対立する存在であるかのような考え方は

ありえなかった。

日本はみんな家族みたいなものですから、

家族を守るのはあたりまえだろ。っていう

そういう感覚でしかなかったと思うんですよね。

 

ねずさんのブログでおもしろいことが書いてあったなぁ。

自分が生まれるには二人の親が必要。

その前の世代でいうと両方の祖父母の四人が必要。

これ、27代遡ると一億超えるそうです。

一世代を25年で計算した場合

27代遡ったところで700年になる。と、

日本の歴史の長さはこんなもんじゃないですね。

でも、その時代に日本人は何人いたの?

一千万も居なかったそうで、

これはどういうことかっていうと、

先祖を同じにする人たちが重なり合っている。と、

だから、日本人っていうと、

それだけでもう、すごい親近感がある。

一つの家族だ。と、そんなお話。

 

 

上島先生は第一次世界大戦後辺りからかわった。

そう言われていますね。

財閥が国のためじゃなくて

己のために動き出した。と、

誰だっけかなぁ

こういう言い方してましたよ。

日本は第一次世界大戦で成金になった。

 

この辺り、やはりポイントとしてありますよね。

第一次世界大戦は国家総力戦になりました。

軍人だけが戦場で戦うってのじゃなくなった。

ところが、日本は

日英同盟があったから

周辺のドイツの占領地を抑えちゃって

さらっと終わって、利はちゃっかりもらった。

世界は物資を送ることの大切さを知ったのに

日本は教訓を得ずに利だけもらったんです。

だから日露戦争の日本海海戦みたいな

一回の決戦で決するものと思ったまま。

このタイミングは

大正時代。

大正デモクラシー。

人間そのものも考え方が変わったとき。

 

明治の軍人と昭和の軍人

司馬遼太郎さんはそういう違いを言ってたけど、

その間の大正って時代は

かなりの変化をもたらしたように思いますね。

 

海軍反省会なんかでも、

主力メンバーが終戦時の大佐・中佐です。

この人たちが兵学校で学んだのが

大正の後半です。

大佐の人と中佐の人で、

ずいぶんと気風というか

学校の雰囲気の思い出が違うんです。

この、下の方の世代の人たちが

五・一五事件を起こした人たちの期にあたります。

 

ロシア革命って、大正ですよね。

ユダヤ革命。

コミンテルン。

なんか、あると思うんだよなぁ。

ここらに。

 

大正時代に浮かれちゃって

そのあと苦労して、

昭和のバブルで浮かれちゃって

平成で苦労した。みたいな、

この流れからいくと、

もうちょっとひどい目に合わないと、

日本は目覚めないのかなぁ。


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