日本人は、野生の部分を失っちゃったのかねぇ

大東亜戦争肯定論

~令和最初の終戦記念日に考える昭和、日本人の想い

 

「大東亜戦争と呼んだり太平洋戦争と呼んだり

終戦と言ったり敗戦と言ったり、

いろいろな言い方があるのは

総括できていないからなんじゃないか」

sayaさんのこんな言葉から始まり、

そもそも原因ってなんでしょう。と、問います。

 

大航海時代が始まって以来、、、

sayaさん、えっ、そこまで。

みたいなリアクションを少しします。

 

昭和天皇は、遠因として人種差別があった。

と、明確に答えているそうですね。

 

井上成美さんは、

対華21カ条要求までさかのぼる必要がある。

こんなことを言い残していますが、

これは袁世凱が提示してきたもので、

私の立場を考え、日本が要求したことにしていただきたい。

という要望を日本側が忖度してやったもので、

要するにはめられたものです。

井上さん、このころはまだ海軍大尉になる直前で

軍務局に勤めてたわけでもないから

この裏取引を知っての発言とは思えない。

おそらく、生真面目な井上さんは、

あんなムチャな要求をするからだ。

という強い思いからでしょう。

 

太平洋戦争は日本が巻き込まれた戦争ですから、

原因を日本の動きから探ろうとする発想は

正確な解にたどり着くことはないでしょう。

 

巻き込んだアメリカの心理を追うほうが

解にたどり着きやすいはずです。

桂・ハリマン協定の解消。

この辺りでしょうが、

今回はそういう方面の話ではないので先へ進みます。

 

はたして、開戦時の国民の心情はどうであったのか。

「暗雲が晴れた思い」だそうで、

朝日新聞が戦争を煽ってましたからね。

やっと、起ち上がったかってなもんです。

 

終戦時はどうか。

陛下のお言葉がラジオから流れますね。

みんな、ありがたいお言葉があるからとかしこまって聞いたわけですが、

これからだ。と、しっかりやれ。と、

そういう激励があると思ってかしこまったんです。

どうも違うとわかって、

「やっと終わった、平和がくる」なんていうのは、

戦後植え付けられた発想でしょうね。

「最後まで戦うんじゃなかったのか!」

おそらく肩透かしをくらった感じの国民の方が多かったと思います。

 

8月12日の皇室会議で

朝香宮殿下が陛下に問います。

「国体が維持できなければ、戦い続けますか?」

「もちろんだ」

12日ですから、ポツダム宣言を受け入れるという議題でしょうね。

もう、すでに原爆は落とされています。

陛下は、ポツダム宣言を

国体は護持できると判断して、

このまま続けていては根絶やしにされる

それでは元も子もなくなる。

ご先祖に申し訳が立たない。

戦闘はやめる。こう判断されたわけです。

 

ギブアップしたわけではないので、

終戦の詔勅でも

全文を読んだら

日本を再建するぞ!と

こういうお話ですね。

 

上島先生は、よくこのお話を出されるんで

触れておきます。

『戦艦大和の最後』を書かれた吉田満さんの話です。

この方は「大和」に乗艦し生還された方です。

海軍兵学校生ではなく予備学生ですね。

この人に対してはあんまりいい印象がないんだけど、

上島先生はこう指摘しています。

 

この『戦艦大和の最後』の結びですね。

最初はこんな原稿だったそうです。

「天下に恥じざる最後なり」

これが、何年後かな、

占領が終わってからだったかな。

本になったときは、

「3000のむくろ、その胸中はいかに」

こうなったそうなんです。

 

発行にこぎつけるために表現を変えたのか。

本人の認識自体が変わったのか。

 

ボクは、洗脳を受けて

洗脳ってオウム真理教みたいなあからさまなのじゃなくてね。

今(令和元年)日本人が、

知らず知らずのうちに反日メディアに誘導されてるような

そういう洗脳の末にですね。

 

「恥じざる最後」こういう思いを持っていても

それをストレートに出してしまうのは

文化的でない。とか、進歩的でない。だとか、

こういう抑制が、末尾を変えたんだと思うんです。

 

今、地上波に出てくる言論人の姿勢も

こういう感じじゃないですか?

 

ここで大事なことはね。

こういういらぬ忖度をして

自分に言い訳しちゃダメだよってことです。

 

まだね、金のためなんだよって、

開き直っちゃった方がいいですよ。

 

自分に言い訳をするっていうことは、

非常に体に良くないです。

さらに、社会にとって良くないです。

 

その、無駄な忖度をする人

本来なら言えるものまで言えなくなるんです。

そのルールを自分で狭めていくんです。

 

あとの人もそれを基準にします。

この繰り返しが

「表現の不自由展」を生んだんじゃないかなぁ。


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