ボクが目覚めるための土壌、その壱

人というのは、環境が大切です。

ボクがもし、まったく違う環境で育ったのなら、

『「東京裁判」を読む』を読むことが、

目覚めるきっかけになったのかどうか。

もしかしたらこの本を、

手に取ることはなかったのかもしれません。

 

この本を読む前のお話をしたいと思います。

ボクの中では、

大きな影響ではなかったかと思うものが二つあります。

ひとつは、母親が「生長の家」という

神道系の新興宗教の信者であったということです。

こちらの教祖にあたる谷口雅春さんは、

キリスト教に限らず、神道以外のものも勉強して

神道を極めた方です。

極めたって言うと、

本物の神道の方に対して差しさわりがあるかな。

谷口雅春氏なりに究めた、としましょうか。

 

母親は「信徒」とは言えません。

「信者」ですね。

今は、おそらく会費も払っておりません。

ボクの中では、

その教えに従って生活する人が「信徒」で、

自分の都合でスガルだけの人は「信者」です。

 

父親はまったく気にしていませんでした。

場合によってはバカにしていました。

でも、こういう心を持っていましたよ。

「生長の家」では、「お守りさん」と呼ばれる

経典みたいなもののミニチュア版を持ちます。

父親は信者でも何でもないんです。

おそらく、部分的には批判的な思いも

持っていたと思われます。

もちろん「お守りさん」は持ち歩いていません。

ボクは子供のころ、これを持たされていました。

一人暮らしをするようになっても、

部屋のどこかに置いてありました。

どこにあるかも忘れるくらい

ただ保持していたのです。

これは、父親の

「お母さんが大切にしているものだから、

それをそまつにしないというのはいいことだ」

という言葉を、その、教えを守っただけのことです。

大切にするのはそのモノではなく、

そのオモイ、気持ちですね。

母親の気持ちを傷つけない

という考え方なんだと思います。

こういうのを宗教心というんじゃないかな。

 

「生長の家」には、練成会というものがあります。

これは、泊まり込みでその教えに触れるものなんですが、

子供用のものがありまして、

ボクは、小学生のころに、一度行っています。

それぞれの担当の先生が講話をします。

このときに聞いた話で、忘れられないものがあります。

神道ですから、こういう講話があるんです。

「終戦となり、マッカーサーが来たとき

天皇陛下は会いたいと言ったのですが、

マッカーサーは、天皇は命乞いに来るのだろう

と考えて会おうとしない。

それでも何度もお願いされて、

マッカーサーは仕方なく、

それこそ、さげすんだ気持ちで会うことにします。

陛下は『私の命と引き換えに、

国民を助けてください』と言います。

すると、マッカーサーは、

ウジウジと言い訳するようなら

叩っ切ってやろうと思っていた持っていた

剣をパタリと落とし、、、」

なんて、演出も入るんですが、

こんな話を聞いたんです。

 

演出もありますが、

マッカーサーの心情の変化は事実ですね。

マッカーサーは

陛下を利用することだけを考えていましたから

話し合いの前にプロパガンダ用の写真を撮りますが、

ここではずいぶん偉そうにしています。

ところが、話が終わって陛下が帰るときは

車まで見送っています。

自らドアを開けたんじゃなかったかな。

 

ヨーロッパの王様で、

「自分の命と引き換えに国民を助けてくれ」

こう言った王様はいますか?

「国民は奴隷として使ってもらったらいいから、

私の命だけは助けてくれ」こういう文化ですよね。

このときのボクに、こんな理屈なんかないですよ。

子供心に「天皇陛下はえらいなぁ」と思いました。

 

ところが、こういうことを

友達に言ってもバカにされるというか、

冷たい目で見られるんです。

子供ですから、そういうことには敏感です。

人前ではしゃべらなくなります。

学校の授業でも出てこないし、

先生に質問するなんてできもしない。

そのモヤモヤを抱えたまま高校生になりました。

モヤモヤを抱えたままなんて言うと、大袈裟ですね。

いつのまにか、口に出さないだけでなく、

気にも留めなくなっていたのだろうと思います。

 

ボクが高校を辞めると言い出した時、

母親が、この練成会(成人用)に

行ってくれと言いました。

良い教えに触れて改心することを願ったのでしょう。

ボクは、そんなものでは揺るがない。

みたいな気負いがありますから、

受けて立つ!みたいな勢いで参加しました。

ここで現れたのが、

小学生のときに聞いた講話の先生です。

同じ話をやるんです。

ボクは、家に帰ると

竹村健一さんに手紙を出しました。

 

若い方は、竹村健一さんを知らないかな。

自民党のちょうちん持ちです。

フルブライト留学生ですから、

おそらくアメリカの意向に沿った日本政府の政策を

宣伝する役目をしていたのだと思います。

その頃のボクは、そんなことは知りません。が、

ボクが、高校を辞めようって決心したのは、

竹村さんの『脱常識のライフワーク』を読んだからです。

ボクの中で、この人はウソは言わないだろう。

そういう信頼感が、なぜかありました。

そこで、竹村さんに手紙を出したのです。

「終戦のとき、天皇陛下がマッカーサーに

自分の命と引き換えに国民を助けてくれ

と言った事実はありますか?」こんな内容です。

返信用に自分の住所を書いたハガキを入れ、

裏っていうんですか、表っていうんですか。

それに大きく、「ある」「ない」と書いて、

〇を付けてもらって

投函してくれればいいという方式をとりました。

 

「ある」は大きな〇に囲まれおり、

「しっかり勉強してください」とありました。

ボクは、手紙のあいさつで、

高校を辞めることにしました。

と、書いていますので、

当時は、高校を辞めるな、という意味かな。

くらいに受け取っていましたが、

今思うと、

「本当のことを理解できるよう、しっかり勉強してください」

という意味だったのかなぁ。

なんて思ってみたりもしています。

 

二つのお話をしようと思いましたが、

一つだけでずいぶん長くなってしまいましたので

きょうは、この辺で。。。