自然は、地震も台風も起こすのです

日本は正しい道を歩んだ。

ちょっと、違うんですよねぇ~

正しいとか間違ったとか、

そういうとらえ方をすると思考が狭くなりますね。

大東亜共栄圏。

ボクは、先に、こう述べました。

日本は「アジア解放」を唱えていたが、

あれは、苦し紛れであった。

日本はパリ講和会議で

「人種差別撤廃」を提案しています。

パリ講和会議は、

第一次世界大戦が終わったときのものですから

1919年、大正8年です。

アメリカには奴隷がいますし、

イギリスは植民地でとんでもないことをやらかしてますし、

子分のオーストラリアは白豪主義とか言ってますから、

イチャモンつけてきます。

でも、考え方として、

日本の主張は、生命の流れにのっとっていますね。

周りの白人の方がついてこれてないんです。

まぁ、紆余曲折を経て

結構あいまいな表現のものになっちゃったんですけど、

多数決で勝ちます。

ところがアメリカの大統領が

「こういう大事なことは、全会一致でないとぉ」

なんて、オリンピックのルールのように

白人の都合に合わせて変えちゃうんです。

このときの日本政府側の主張。

ちょっと、見習いたいですね。

わかった。どうせあんたらはそんなもんだろうよ。

でも、ここんところは頼みます。

この日本の主張と多数決の結果、

これは議事録に残してくださいよ。

時によって、ならんもんはならんのです。

しかし、できる限りのことは主張する。

こういうこと、

これからは、特に大事ですよね。

そんな心根の優しい日本です。

が、開戦時の心持ちは、切羽詰まってました。

勘違いした輩が肩で風切ってました。

朝日新聞は焚き付け

国民は踊らされてました。

井の中の蛙のような視野の課長級が、

(課長級って、大佐です。四十代の超エリート)

鼻息荒く騒いでました。

それを抑える将軍が居なかったのです。

こういう、ちょっと恥ずかしい部分も含めて

日本は、進むべくして進んだのです。

山を転がり落ちる岩を止めることはできなかったのです。

そういう時代だったのです。

期間と言った方がいいのかな。

世界中が化膿しちゃったんでね。

膿を出すしかなかったんです。

自然の、生命のエネルギーが

乗り越えるべき道をたどったのです。