I-novela/izakaya-monogatari
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ジツは、秋の人事異動がありまして、
【紋さん】のモデルとなる人が他店に転属になりまして、
話題が変わってしまったんです。
しばらくの間お休みします。
初めての方は、まずこちらから |
登場人物紹介 |
8月15日
【今日は、お忙しいところ、どうもありがとうございました】
首相の靖国神社参拝に対し、批判的な態度をとる加藤氏が、ラジオ番組に生出演をしたところである。
「紋さん、何でお参りしちゃマズイんですか?」
「いや、まずくない。まずくないけど、難しいんですよ」
「だって、オレ『遊就館』行ったことありますけど、あれ、見て、お参りしちゃいけないって言う日本人はおかしいっすよ!」
「あぁ、そう。私は行ったことないんだよねぇ」
「とりあえず行っとかなきゃ、あれ、反対してる人って、中、見てんですかねぇ」
「どういうとこなの?」
「日本の神話時代からの歴史がいろいろ展示されてるんですよ。神話なんか、作り話だけど、第二次世界大戦の、何とか諸島での玉砕。とか、読んだら泣きますよ」
「あぁ、そういうのが展示されてるんだ。そういうのは大切だけど、だからこそ、また、いろいろこだわりがでるんだなぁ」
「何言ってんっすか、とりあえず見ないと。紋さんは批判的じゃないからまだいいけど、見ないで批判してんだったら、まず見ろよ!って感じですよね」
「なんか、物言ってる政治家が、見てないってことはないでしょ」
「オマエ、見てないからそんなこと言えんだろ!って発言のやついますよ。さっきの加藤さんなんかは、分かってるからこそ、大切だからこそ。って、なんかそういうニュアンスが伝わってくるけど、微塵も感じないの、いますよ」
「私も、外国からどうのこうの言うのは、話が違うだろってのはあるけど、政治だからねぇ。相手がある話だから、それは考慮しないとってとこじゃないの。個人的には、小泉さん、よくやったって思っててもね」
水曜日
「紋さん、亀田っちゅうのは、そんなに悪いんですか?」
「あぁー、ダメ、アイツは、いかん、ああいうのは、苦渋っちゅうものを味わった方がいい。ふざけてるよ」
紋吉、どうも関西のノリにはついていけないようで、ダウンタウンの【マッチャン】なども、気に入らないらしい。
「なんか、オレ、聞いてる感じじゃあ、踊らされてるって言うんですか?その、本人だけじゃなくて、親父さんも。そんな感じがするんですけどねぇ」
芳田は、テレビ・新聞をまったくシャットアウトした生活をしている。そのセイか、変な偏見がない。
「紋さん、今日のは、勝ったらチャンピオンになるんですか?」
「うん、なんだかわかんないよな、世界戦って言ってるけど、相手がチャンピオンなのかなんなのか、相手がチャンピオンだったら、それを倒せば世界チャンピオンだよ」
「で、どうなんですか?」
「勝っちゃいけないよね」
「イヤ、・・・いけないとかなんかじゃなくて、通用しそうなんですか?ラジオじゃ、まだ、早いとか、何とか、いろいろ言ってるじゃないですか」
「ダメ、ああいうのはダメ!もっとねぇ、日本人は謙虚さってものがなくちゃ!」
この質問が紋吉には通用しないことだけは確かである。
「ナンすか?相手は、相撲取りですか?ナンタイサン。ッて」
「えぇっ!、イヤ、名前は知らないけど・・・」
2人とも、相手の名前すら分かっていないまま、ラジオで試合の実況を聞いている。
「わかんないっすね、何が起きてんのか、オレ、相撲でもわかんないけど。もっと、わかんない」
「アハハッ、ホントだ!ナンタイサンって聞こえる。ウン、コイツ強そうだな。こうでなきゃいけない。苦渋を・・・」
どうも、紋吉は、亀田という人間が気に入らないらしい。
後半ラウンドでは、まったくいいところナシ、のようである。
「ヨシッ、そうでなきゃいけない。やっぱり、人間、一度は苦渋を・・・」
【2対1のジャッヂを持ちまして、新チャンピオンの誕生です!】
「おかしい!絶対ありえねぇ。いけねぇ」
「紋さん、向かいの女将さん、よっぽど我慢ならねえんじゃないか?ありゃ八百長だ!って、外でて騒いでるぜ!」
武道家でもある店長もよほど亀田が気に入らないらしく、向かいの飲み屋の光景を、厨房まで報告しに来ている。
「いけねえよなぁ、こういうことしちゃよぉ。ありゃ絶対負けてるって・・しかし、ダメだな、こういうときはサッパリいけねぇや。あの団体なかったら、ヒドイぜ今日。もう、閉めるか」
どうもこの店は、大きなスポーツイベントのテレビ中継があると、それが大きく売り上げに響くようである。
【どんなもんジャーーーー!】
亀田のパフォーマンスを知らない芳田からすると、ピエロを演じさせられている不憫な19歳の少年にしか思えない。
「かわいそうですよね。これじゃ」
「いけねぇ、苦渋をなめさせないと・・・」
その翌日
「芳田さん、どうも、きのうの試合のあと、テレビ局に苦情の電話が殺到したらしいよ。3万とか、もっと増えてんじゃないかな、今は」
「なんでテレビ局なんですか?放送してるところに電話したってしょうがないでしょ」
「ばっかたねぇ、コイツは、もう。テレビないからしょうがねえか、紋さん。教えてやってよ、もう!」
仕込みの時間に店長まで話題に入ってくるというのは珍しい。おかげで紋吉は【元気】がつけられないでいる。
「芳田さん、今回の試合は、その放送局が主催者なんですよ」
「あっ、そりゃしょうがないや。そこですか、ヤラセの番組とか作って騒がれてたの」
「いや、ヤラセはどこでもやってる」
「あぁーー、ヤダヤダ、ますます亀田君、かわいそうだな」
「だから日本はだめなんだよ。きのうも飲んでて、まず、9割、いや、全員が負けだって言ってたから」
このリサーチは、偏りがある可能性は否めないが、かなりのものである。何しろ紋吉、1軒2軒で帰ったためしがない。
「今日はあんまり仕込みないなぁ。アッ、明日、50人の予約入ってましたよねぇ。出し巻き、出します?11台でしょ。明日やってらんないもんなぁ」
「そうだよ、ちょっと、今日中にツマ、作っとかないと間に合わないよなぁ」
「店長、明日、出し巻き入りますか?」
「おっ、そう。それな。オードブルで入れるか、から揚げと、ドイツソーセージ、ポテト、あとなんだ。その、あれ、適当に」
「じゃ、11台ですね」
「おぉ、そう、紋さん、明日、サンマ刺し、入ったら入れてよ。後はいつもの、適当に、六点でいいや」
「芳田さん、今、ランチに、西口の店から職人が来てるらしいけど、あの人、仕込みも残れるのかなぁ」
「知りませんよ、そんなの。ビール6本くらいでお願いしてみたらどうですか?」
「頼んじゃうかぁ、まにあわねえよ。こんなの、絶対!五時半だろ」
「まいどーー、こんちわっ、あのー、板長、今日、これ、きゅうり、ちょっと、古漬けになっちゃったんで、あの、持ってきたんっすけど」
「あぁー、何本?あぁ、いいよ。入れといて」
「すいません。どうも、伝票一緒に入ってますから。どうも、すいませ〜〜ん」
この八百屋、処分し切れない野菜を箱ごともってきて、使ってください。と、置いていく時もあれば、ちゃっかり伝票につけているときもある。紋吉、そこはア・ウンの呼吸である。
「紋さん、あれ、勝手に古漬け入れといて、伝票ついてんっすか?」
「今日のはついてるね」
「アッ、ホントだ。ぼったくりですね」
「芳田さん、ぼくらがその言葉を使っちゃいけない。」
「アハハハッ、そりゃ、言えてる」
「でも、あそこは、変に融通が利きすぎるところもあるんだよなぁ。この前なんか、オレが、個人で果物買ってるって分かってんのに≪これ、店のほうの伝票に回しときましょうか?≫なんて言いやがって≪そういうことは、絶対やっちゃいけねえ≫って言ってきたけど、おっかねえよ」
「アッ、紋さん、今日は久しぶりにいいニュースが流れてますよ!」
「なんですか?」
「きのうの試合見た人たちがナンタイサンの母国にメール送ったそうですよ」
「メール?」
紋吉は、この手の文明に弱い。
一月ほど前の中国人アルバイトとの会話である。
「モッサン、イ・イ・メール来る?」
「いいメールなんて来ないよ。変なのばっかしだ。分かるか?良いじゃなくて悪いのばっかり」
本人は中国の子に日本語を教えているつもりなんだが、ジツは自分が分かっていない。中国人の発音にも問題があるが、Eメールと良いメールとを混同している。
「なんか≪君が本当のチャンピオンだ!≫とか、≪申し訳ない≫≪ごめんなさい≫とか、そんなメールが大使館に何千通って届いたらしいですよ」
「何千じゃ足らないね、もっと送らなきゃ!」
「なんか、日本人らしいって言うか。でも、もっと掘り下げたら、みんな同じかな。日露戦争のときもロシアは気に入らないけどロシア人はいいヤツばかりだ。とかって言ってたらしいし、人間って、なんか背負っちゃうとおかしくなるけど、まだまだ、個人的には良心の残った人たちがそこらかしこで生きてるのかな。八百屋だって、ぼくらだって、背負うものがなけりゃ、心苦しいお金のもらい方なんてしなくてもいいんだから」
「芳田さん、そこまで言っちゃう?」
「いやいや、なんか、今日はいい気分だな。ついでに亀田がこの前の試合は無効にして、もう一回やろう!って言い出したら最高なんだけど」
「それは、絶対無いな。ないけど、まぁ、結論も出たところで【元気】つけるか」
月曜日
「芳田さん、長野県知事、誰が勝ったか知ってる?」
「イヤ、アッあの人でしたよね」
「田中ヤスオ」
「そうそう、元知事、イヤ、前知事って言うのかな」
「ウン、前知事になっちゃった」
「アッ、じゃあ、負けたんですか?誰がなったんですか?」
「えぇっと、名前出てこないんだけど、地元の、なんか、やってた」
「えぇーー、あの人負けたんだ。けっこういろいろやってたんじゃないですか?」
「イヤ、やりすぎちゃったの」
「そういうもんなんですかねぇ。で、誰が勝ったんですか?」
「そう、それが出てこないんだよ」
「亀田!!」
「アハハッ、イヤ、亀田は出てこない。出ちゃいかん!」
「誰ですか?」
「ちわ〜〜、まいどーー。すいまっせん。まいどー」」
「あぁ、どおも。谷中、もうだめだね」
「アッ、すいません。ハイ、そうですねぇ。もう、ああいうのしか入んないっすねぇ。また、いいの、あったら・・・」
「いや、もういい。もう、終わりでしょ」
「ハイ、すいません。じゃ、伝票、一緒に入ってますんで、また、なんかあったら、言ってください。すんません、まいど」
紋吉と八百屋のやり取りの間、ラジオでは長野県知事選の話題になっている。
「紋さん、なんか、元国会議員かなんかみたいですねぇ」
「そう、その、地元からでたヤツ」
「ちゅうことは、長野県民は、クリーンな政治より、自分の懐に金が入ったほうがいい。ってことですよね。そして、実際、それでいい思いしてたヤツの方が多い。と」
「いろいろやりすぎちゃったからなぁ。国政にも口出して、県民からしたら、背中向けられたような気になったかもしれないし・・・」
「そんなにいろいろやったんですか?有名人だから、話題作るのがうまいだけだったのかと思ってた」
「また、面白くなくなっちまうよなぁ」
「紋さん、長野県と関係あるんですか?」
「いや、あいつ、ヤスオはいいヤツだよ」
「飲んだんですか?」
「ウン、最近は誘っても来ないけどねぇ」
「あぁー、それが敗因ですね」
芳田が合わせている限り、この手の紋吉の話は終わらない。終いには、天皇陛下、歴史上の人物まで登場してくる。
その翌日
「芳田さん、岐阜県の知事が裏金を認めたねぇ」
「あぁ、あの、燃やしちゃったヤツ、燃やすくらいならこっちに回してくれりゃいいものを」
「イヤー、あんな500万なんて、ごく一部ですよ。他に何億ってあったみたい」
「ゲッ、そりゃ、岐阜県民は怒っちゃいますよね」
「でも、ほんとに怒んなきゃいけないのは東京のサラリーマンだけどね。東京のサラリーマンが黙って税金払ってるから地方に金が行くんだから」
「えっ、そうなんですか!じゃ、ほんとにオレんとこ、回してもらってもよかったんだ!!」
「それはずいぶん違う話だけど、どこのダムや港だって、結局は国が地方に配った金なんだから。出所のほとんどは、東京のサラリーマンだと思っていい」
「じゃ、ヤスオちゃんの言ってた脱ダム宣言とか、オレたちにも関係あったんだ」
「芳田さん、日本に港がいくつあるか知ってる?」
「いや〜〜〜」
「1000以上ある」
「はぁ〜〜」
「ほとんどがまったく使われていない。もうちょっと言えば、オレたちの口に入ったり使ったりするものを荷揚げして、稼動してるような港はほとんどない」
「じゃ、どんな港があるんですか?!」
「地元の人が現場作業員として収入を得るための、護岸工事をすることが目的の港」
「なんっすか、それっ!」
「必要のない地方の空港とか、誰が通るんだって田舎の舗装道路とか、無闇にデカかったりして不釣合いな建物もそう」
「じゃ、それ、全部、その、あれだ!東京のサラリーマンの。やっぱり、500万は、オレがもらっといた方が・・・」
【・・・プールの排水口に不備があったのは、全国で1900箇所に・・・】
「ちょっと、紋さん、、今の聞きました?」
「ひどいよなぁ、この前の、女の子が死んだの、あれもメチャクチャだよ。しかも、請け負った会社は、そのまんま丸投げしてて、点検もしてねえんだよ」
「なんっすか、そういうのつて、市営とか都営とか、そういうのでしょ。それも東京のサラリーマンの・・・」
「ひどすぎるよ。しかも、監視員のなかにゃ、泳げないのもいたとか」
「なんっすか、泳げなきゃ、どうやって助けるんですか!って、救助員じゃないから、監視するだけでいいのか?」
「そういうもんじゃない!監視員は、助けられなかったら自分は生きてちゃいけないんだから」
「ヤッ、それも、ちょっと、過激な発言ですね。元気、つけすぎじゃないですか?」
「ふざけてるよ!今まででも、プールの事故ってけっこうあるんだけど、こういう風に、死者がでないと騒がれないからねぇ」
「カワイソ過ぎますよね!何で少子化とかいってんのに、子供ばっかし、殺されちゃうわけ?」
「イヤ、それと少子化とは関係ないけど」
「紋さん、でも、前に言ってたじゃないですか、一人殺しても、普通は死刑にならないって、でも、今は少子化で困ってんだから、子供殺したら2人分とか、そういうのどおっすか?」
「で、年寄り殺したら半分ってか?」」
「イヤ、何言ってんすか!もう、絶対【元気】つけすぎ!それにしても、きのう暇すぎて、今日は仕込みないなぁ」
「だから、芳田さんも、さぁ、【元気】つけて」
「やっぱり、きのうの敗因は、オレがレモン切り過ぎちゃったからかなぁ」
「それっ、芳田さんはやる気だしちゃいけないんですから。くれぐれも、今日はレモン切らないでくださいよ」
不思議なもので、普段しないことをすると裏目に出ることはよくあるものだ。
かといって、慣例により、やるべきことを放置したままというお役所仕事はいかがなものか。
「あっ、ちょっと、換気扇!切ってくれる!」
【白鳳!白鳳寄る!寄り倒しー!白鳳2敗を守り綱取りへの望みをつなぎます】
調理場の責任者である紋吉は、相撲好きである。
仕込みの手を止め、ラジオを聴くために換気扇を切らせたのである。
「なんか、相手にならないって感じでしたね」
「うん、これで安心した。芳田さん、【元気】つけていいかな?」
紋吉は、冷蔵庫から焼酎を取り出すと、グラスに注ぎ、ポットのお湯を入れた。
調理場には、こんな貼り紙がデカデカと貼ってある。
『 勤務中、勤務後の飲酒は厳禁
ラジオを聞きながらの仕事は厳禁
社長 』
「芳田さん、今日はラガー入れときましたから、くれぐれも、空き缶は、持ち帰ってくださいね」
冷蔵庫の中を確認する芳田。
「いつもすみません」
「くれぐれも、置いたままにしないでくださいね、俺が疑われるんですから。なんと言っても、前科がありますからね」
「紋サン、前科って、もうやってないような言い方、ずるいなぁ。常習者なんだから」
「あぁ、そう、そうね。そういうことね。うん、言葉を間違えました。ハイ」
「ちょっと、早くから元気つけすぎじゃないですか?まっ、ボクも、一応、ちょっと」
芳田も、冷蔵庫から缶を取り出すと、プルを引いた。
「それにしても、今場所は、朝昇竜、こけそうにないですね」
「今日あたり、一敗ぐらいしといたら、おもしろくなってくるんだけどなぁ」
「朝昇竜には、そういうかわいげがないですよね」
「ないな」
「北の湖みたいだな」
「北の湖、あれはみんなから嫌われてたもんなぁ」
一応二人の手は動いているが、仕事に打ち込んでいるとは到底思えない、のどかな会話、動きである。
「あっ、店長おはようございます」
「おっ、紋サン、今日の宴会なぁ、この10人の、これ、カツオは別盛りでいこうや、五点2台と、カツオが別盛りで2台。なっ、なっ、これで」
「ハイ、カツオが別盛りですね。わかりました」
「それと、まかないだけど、聞いてる?」
「あぁ、なんか、サンマがずいぶん余っちゃったみたいですね」
「うん、それと、これ、ちょっと手ぇ加えてやって、ちょちょっと、頼むわ」
「ハイ、わかりました。店長は昼はサンマ食べられたんですか?」
「うん、あぁ、俺はいいから」
店長は、昼はパートのおばちゃんとランチをこなし、ランチ終了後は一緒に昼飯を食べ、昼寝をしている。
夜の営業は五時から、4時半に食事を取る夜の部のスタッフに合わせて食事を取ることはめったにない。しかし、冷めたものを【チン】して、独自に食べるので、常に用意はされている。
たまに、コンビニなどでパンやヨーグルトなどを買って食べているが、これは食事の代わりではない。なぜなら、食事を用意された日でも、何かと買ってきては食べている。
一度にたくさんは食べないが、四六時中食べているようなものである。
ウエスト95センチ。メタボリックシンドローム、真っ盛りの年頃である。
ある、月曜日
「紋さん、きのう自転車で転んだでしょ」
「あっ!見られちゃった!?」
左ひじに絆創膏を貼っている。よくあることで、前日、深酒したことを誰もが見抜く。
バイトの子まで、心配の方向が違う。
「キョハ、メカネ、ダイジョブウ?」
新宿の場末にある居酒屋である。日本人のバイトなどは雇えない。
この日は予約もなく、のどかな営業である。
「明日は、晴れそうだねぇ」
「そんな感じですねぇ」
紋吉、芳田と2人して裏口から外に出て、狭い新宿の夜空の中に星を見つけて、明日の天気を確認しあっている。
とはいえ、この日は芳田だけは仕込みに追われ、片づけが少し遅れぎみである。
「芳田さん、今日はさっさと帰らせてもらいますから」
「帰るって、まっすぐ帰ったことなんてないでしょ」
「あっ、イヤ、今日は、ちょっと、寄るとこがあるから、じゃ、芳田さん、お先ね」
「お疲れさまですーー」
「お疲れーー、肉屋に、野菜の注文入れるなよーーー!」
店長も、今日の紋吉のせわしなさは気になるようである。
「やけに、紋さん、今日はあせってんなぁ」
「給料もらったばっかしだから、ツケ払いに回ってるみたいで、忙しいみたいですよ」
「しょうがねえなぁ、まったく、今日の伝票知ってるかぁ?肉屋の伝票に『甘エビの取り扱いは御座いません」って書いてあるんだぜ。あいつ、酔っ払って注文入れてっから、肉屋に、魚屋の注文いれてんだからよぉ。まったくよぉ」
「この前なんか、オレの携帯に注文入ってましたよ」
「ホントかぁ。まったく、しょうがねえなぁ」
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